ReDIce となり町戦争
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2010/03/12 (Fri)

となり町戦争を観ました。予備知識無しで挑んだ作品です。タイトルから察するに戦争という言葉を比喩表現として使ったコメディー的な作品だと思っていたら、タイトルそのままの戦争を題材にした作品でした。この作品は、観る人によって、受ける印象や考え方が分かれる作品だと思います。戦争という題材を入れなくてもいいと言う人もいるでしょう。戦争が恐いと思った人もいるでしょう。何を伝えたかったのか分からなかった人もいるでしょう。戦争を題材に、戦死するシーンや血生臭いシーンを排除して作られたこの作品にどんな意図があったのか。観る人次第の作品です。気になったのは、この作品のジャンルは何に分類されるのでしょうか?単なる戦争物という区分けになるのでしょうか。分かりませんが、作品を観る上では大した意味を持ちませんので、確定せずに置いておきます。
内容はというと、隣町同士の戦争という一言で終える作品であります。北原と香西のラブストーリー的な要素も含まれているように思いますが、作品の本質はそこには無いのでしょう。原作は知りませんが、私が感じたのは、今まで戦争という物に私が無関心であった事実。戦争を起こすのは中身の無い大義名分を掲げた組織であって、戦争に参加させられる個人に大義名分は存在しないという、その理不尽さ。戦争は、損得勘定や利益不利益などは関係なく、無益なものであるということ。知らない間に戦争に巻き込まれている状況を表現したこの作品は、戦場に身を置いていない人間が必ずしも戦争とは無関係では無いという事実を物語っている。それが、作中では昨日までいた人が突然いなくなるという展開で、戦争の愚かさや現実味を引き出しているのではないだろうか。眼に見えない戦争の現実味を、現代の戦場が無い社会に置き換えて考えてみると、平穏に暮らしている日常に反して戦争を行っている場所があるという事実が現実味を帯びて理解の範疇に踏み込んでくるのではないだろうか。この作品では、戦争に巻き込まれた人間と、戦争を業務として大義名分なく戦争に参加する人間を描いている。戦争が恐いとか愚かであるとか思うのなら、まず自らの意思を持って争いを否定できるようになるべきではないだろうか。人が考える力を得たのは、人から奪う為ではないと思う。ならば、私はまず私自身の周りを争いの無いようにしていきたいと考える。・・・大分、話が逸れてきたように思う。この辺で止めておくとします。
少なからず私は戦争という物を意識したことがほとんど無かった為、戦争に対して考える時間が持てたということで、この作品を観れたのは良かったと思います。戦争物で戦場シーン等が苦手な方は一度観てみてはいかがでしょうか。

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